SHIINBLOG

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Liva's anything about...?

都内で活動中の本格派アコースティックユニットLivaealのブログです♪

怒り

人間の基本的な感情を表す言葉に
「喜怒哀楽」という言葉がありますが、
個人的にこの「怒」の感情が薄く、
滅多に怒ることはありません。

それは子供の頃からそうで、
私としては自分の個性の一つだと思っていますが、
ある意味その基本的な感情が希薄と言うのは
人間としての感情の欠如とも言えるのかもしれません。


でも私はそれでいいと思ってます。
まあ、個性ですしね。


「怒り」と言う感情はネガティブな感情だと思います。
もちろん「怒り」の全てを否定はしませんし、
ある時にはそれが原動力になる事もありますから。

大島渚さんは「いまの日本人は怒らなすぎる。
僕は怒らない日本人に怒っている」と
テレビのニュース番組で述べたことがあるそうです。)

世の中にはあらゆる不条理が存在します。
それに対して「怒」を抱く、
そういうことに関して一様に「ネガティブ」だとは感じませんし、
当然私も「怒」を抱く事は多々あります。

ただ、今回言いたいのはもっと狭義的な怒りの感情、
もっと個人的な「怒り」に関してです。

誰かに対して「怒り」を覚える、
その感情を抱いている限り
その相手と何かを分かち合う事は出来ないし、
その相手を知る事も出来ません。
まずもって分かりたいとも思わないでしょう。
それは自分自身の世界を狭めている事にもなると思います。

イギリスの外交官であり、歴史家であった
ハロルド・ニコルソンの言葉に、
「退屈な人は千人に一人しかいません。
おして、千人に一人しかいないぐらいだから、
それはおもしろい人間です。」
と言うものがあります。

人は人を成長させるし、
その可能性はほとんどの人が持っているものだと言う事を
遠からず、表現している文章ではないかと思います。
「怒り」の感情は、その可能性を閉ざしてしまう
一因になるんじゃないでしょうか。
それはとてももったいないと思います。


また、
「怒りという感情は、感情の蓋と言われています。
怒りという感情の下に、悲しみや寂しさといった本当の感情が隠れているのです。」
と言う文章がありました。

本当に分かってほしい感情は「怒っている」じゃなくて
「悲しい」「寂しい」なのに、
怒りで感情に蓋をしてしまっているがために
本当に伝えたい感情を伝える事が出来ないのです。

伝えたいのに伝わらない、
もっとその蓋は強固になってしまう。
それは悪循環をもたらすし、
やっぱり悲しい事だと思います。


「怒り」がなくても可能性を閉ざすことはあるし、
伝えたい感情に蓋をしてしまうことは
もちろん往々にしてありますけどね。

素直に生きる事が出来れば
それに越したことはありませんが。

と言う事で、長文になりましたが次は「り」でパー

最後に、おもしろい「喜怒哀楽」の画像を添えて。
(なんかちょっと違う感じはしますがあせる

喜怒哀楽

悠久子